Jウエルネスを考える3
骨太の方針2026から見える「Jウエルネス」の可能性
「攻めの予防医療」から、地域と暮らしのWell-beingへ
政府は7月21日、「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針2026)を閣議決定した。「『責任ある積極財政』元年~日本の挑戦を起動する!~」を掲げ、国内投資の拡大や産業競争力の強化、地域経済、社会保障など、今後の経済財政運営の方向を示している。そのなかで、ウェルネス産業の視点から注目したいのが、「国民のWell-beingの向上と健康寿命の延伸」を掲げた「攻めの予防医療」である。
健康増進や疾病予防にとどまらず、早期発見、早期介入、行動変容、健康リテラシーの向上、PHRの利活用、健康経営、さらに予防・健康づくりを支えるヘルスケア産業の育成までが、一連の政策として盛り込まれた。
「攻めの予防医療」が示す新たな領域
骨太の方針2026では、肥満症を含む疾病予防、がん検診や精密検査の受診率向上、生活習慣病対策、認知症への早期対応、口腔健康管理など、幅広い取り組みが挙げられている。
特徴的なのは、医療機関だけで完結するのではなく、関係機関が連携し、生活者の行動変容まで含めて取り組む方向が示されたことである。健康づくりは、病気になった後の治療だけで成り立つものではない。日々の食事、運動、睡眠、休養、働き方、人とのつながり、生活環境など、医療の外側にある多くの要素によって支えられている。
政策が「治療」から「予防」へ、さらに一人ひとりの生活や行動へと対象を広げていることは、今後のヘルスケア産業、ウェルネス産業の可能性を考えるうえで重要な変化といえる。
睡眠、女性の健康、健康経営を産業育成へ
今回の方針では、生活に近い具体的な健康課題にも踏み込んでいる。女性の健康については、更年期世代の女性への医療、女性の健康総合センターの機能強化、プレコンセプションケアなどを推進する。働き方や女性活躍の問題と、性差に由来する健康課題を切り離さずに捉えている点が注目される。また、企業と保険者が連携するコラボヘルスや、睡眠対策を含む健康経営も盛り込まれた。
睡眠については、睡眠時無呼吸への対策、睡眠障害の医療アクセス向上、研究や普及啓発に加え、睡眠データを活用したサービスのエビデンス構築、睡眠関連市場の拡大、企業支援にまで言及している。睡眠が個人の健康管理だけではなく、企業の生産性や安全、サービス開発、新たな市場形成に関わるテーマとして位置づけられ始めたことが分かる。
医療政策の外にも広がるウェルネス
骨太の方針2026を広く見渡すと、ウェルネスに関係する記述は医療・健康分野だけにとどまらない。スポーツ分野では、「運動・スポーツを活用した健康インフラ構築」が掲げられた。従業員の健康維持に取り組む企業への支援、身近な運動の場の確保、スポーツツーリズムの振興などを進めるとしている。
観光分野では、2030年に訪日外国人旅行者数6,000万人、消費額15兆円という目標に向け、地方誘客や観光産業の強靱化を推進する。同時に、オーバーツーリズム対策を強化し、「住民生活の質」との両立を図ることも明記された。観光客を増やすことだけではなく、地域に暮らす人々の生活の質を守りながら、持続可能な観光を実現するという考え方は、ウェルネスツーリズムを考えるうえでも欠かせない視点である。
さらに、文化資源を活用した地域活性化、伝統行事・芸能、食文化などの生活文化の振興、農山漁村と地域企業との共創、「里業・森業・海業」による関係人口の創出も盛り込まれている。これらは政策上、それぞれ観光、文化、農林水産、地域振興といった異なる分野に位置づけられている。しかし、生活者の側から見れば、自然、食、身体活動、休養、文化、人との交流は、いずれも心身の健やかさや暮らしの充実を支える要素である。
「つながり」も予防の対象に
もう一つ注目されるのが、孤独・孤立対策である。骨太の方針2026では、問題が深刻化、複雑化する前に対応する「予防」の観点から、居場所やつながりづくりに取り組むNPOなどを支援するとしている。孤独や孤立への対応は、医療や福祉だけの課題ではない。地域活動、スポーツ、食事、祭り、温泉、文化活動、世代間交流など、人が自然に集まり、誰かと関係を持てる場も、孤独・孤立を防ぐ役割を持ち得る。病気の発症を防ぐだけでなく、人と地域との関係が失われる前に支える。こうした考え方は、生活環境そのものを健康につながる方向へ整える「ゼロ次予防」にも通じる。
分かれている政策を、暮らしから結び直す
当たり前だが、骨太の方針2026には、「Jウエルネス」という言葉は登場しない。 しかし、攻めの予防医療、行動変容、睡眠、女性の健康、健康経営、スポーツ、観光、食文化、自然、地域づくり、孤独・孤立予防など、Jウエルネスを構成する要素は、政策の随所に見いだすことができる。課題は、これらが省庁や制度、産業分野ごとに分かれていることである。
医療政策としての予防、企業政策としての健康経営、観光政策としての地方誘客、文化政策としての伝統行事、地域政策としての関係人口づくりを、一人ひとりの暮らしとWell-beingの視点から結び直す必要がある。そこに、Jウエルネスという考え方の役割があるのではないだろうか。
日本にある資源を現代の価値へ
日本には、四季とともに暮らす知恵、温泉や湯治、地域の食、森林、海、祭り、伝統文化、養生、人を迎えるおもてなしなど、長い時間をかけて受け継がれてきた多様な資源がある。ただし、それらを日本独自のものとして称賛するだけでは、現代の健康課題や地域課題の解決にはつながらない。
各地域に残る資源の意味を改めて見つめ、現代の生活に合う形へ再編集し、健康づくり、観光、地域産業、人材育成、交流の仕組みとして実装していくことが求められる。その際には、文化的な価値を大切にしながら、利用者の安全、サービスの質、事業の継続性、適切なエビデンスについても検討する必要がある。
Jウエルネスは、海外のウェルネスをそのまま導入するものではない。日本に存在してきた自然、文化、生活の知恵を掘り起こし、現代の社会課題や健康課題に応える価値として結び直す試みである。骨太の方針2026によって、健康、産業、地域、文化を横断する政策の材料は、これまで以上に揃ってきた。次に必要なのは、それらを現場でつなぎ、地域や企業の具体的な取り組みへ変えていくことである。分野を越えた調査研究、事例の収集と評価、企業・自治体・研究者の交流、政策と現場を結ぶ対話、そして日本のウェルネスの国内外への発信が、今後さらに重要になる。
骨太の方針2026は、個別に進められてきた政策を、暮らしとWell-beingの視点からつなぐ段階に入ったことを示している。その接点を見つけ、日本の地域や生活文化に根差した形にしていくこと。そこに、これからのJウエルネスの重要性と可能性がある。
※参照:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」(2026年7月21日閣議決定)
