現代における「養生」とは何か 1
2023年、NPO法人健康と温泉フォーラムの研究会で、西平直氏の講演を聴く機会があった。「養生」という言葉は古くから使われてきたが、その意味を改めて考える機会は意外に少ない。西平氏の講演は、温泉文化と養生思想の関係を通して、日本型ウェルネスの背景にある考え方を見つめ直す内容だった。本稿では、講演内容をもとに現代における養生の意味を整理してみたい。
養生思想から見た温泉文化
西平直氏 講演記録(2023年2月 NPO法人 健康と温泉フォーラム 第105回月例研究会より)
本日は「養生思想から見た温泉文化」というテーマをいただきました。最初は、養生思想を根拠に、日本の中で湯治文化がどのように形成されたのか、そうした歴史的なつながりが見えてくるのではないかと考えていました。ところが、文献を見ていくと、明確には見えてきません。
少なくとも文献上では、養生の思想と温泉の文化は、互いに言及し合うことがない。いわばジャンルが違うのです。
これは不思議だと思いました。
では無関係なのかと言えば、そうではない。むしろ、いま私たちが、温泉文化を養生として理解し直す、その視点こそが重要なのではないかと考えました。
■ 養生とは何か
養生とは何かと問われたとき、私は「自分の体の声を聞くこと」と答えることにしています。ある学生が卒業後に連絡をくれて、自宅出産を経験した際、助産師から「養生してね」と言われたそうです。そのとき彼女は、「体の言うことを聞くということだ」と理解したと言います。これは非常に的確な理解だと思います。自分が体に命じるのではなく、体が何を望んでいるかに耳を傾ける。それが養生の基本です。この視点は、「気を養う」「自己治癒力」といった言葉とも重なります。
■ 江戸期における養生と温泉
養生思想と温泉文化に重なりが見えるのは、江戸時代です。ただしここでも、養生思想があったから湯治が生まれたわけではないし、その逆でもありません。両者は、同じ時代精神の中で連動していたのだろうと思います。戦乱の時代が終わり、社会が安定し、庶民文化が広がる中で、旅や健康への関心が高まる。その中で養生思想も、湯治文化も、旅文化も同時に花開いたということです。
■ 貝原益軒の養生論
養生を語る上で、貝原益軒は欠かせません。益軒は養生を、「気を養うこと」と定義しました。
気の循環が滞ると病が生じる。したがって、気の流れを整えることが養生である。そう考えるわけです。
ここで重要なのは二つの原則です。一つは「足るを知る」という抑制の原則。もう一つは「楽」という原則です。欲を抑えるだけでなく、適切に満たすことも重要である。この二つは一見矛盾しますが、益軒は「よろしき分量」という言葉でこの両者を兼ね合わせようとします。人それぞれに適切な分量があり、それを自ら見定めることが養生である。この発想は人間観察に基づいたものであり、同時に極めて実践的です。
■ 養生の広がり(江戸期)
江戸時代において養生は、単なる医学ではなく、生活全体に広がっていました。
• 身体の養生
• 心の養生
• 家の養生(家計・暮らし)
これらがすべて「循環」すると理解されていました。さらに養生は、文芸や娯楽、浮世絵などにも取り入れられ、庶民文化の中で多様に展開していす。しかも宗教とは異なり、信仰に依存せず、合理的に自分の状態を整えるという特徴を持っていました。
■ 温泉文化との関係
同じ時代に、温泉文化も広がります。湯治は、21日を単位とする滞在型の回復文化であり、病の治療だけでなく、生活のリズムを整える役割を持っていました。一方で、温泉は観光とも結びつきます。養生一筋であると同時に、非日常の解放でもある。この両面性が温泉文化の特徴です。日常から離れることで身体は緩み、回復が促される。しかし同時に、羽目を外すという側面も持つ。このバランスをどう取るかが、養生の知恵でもあります。
■ 明治期以降の転換
明治期になると状況は大きく変わります。西洋医学が導入され、「衛生」という概念が国家の中心に据えられました。健康は個人の営みではなく、国家が管理する対象となり、養生は周縁へと追いやられていきます。特にコレラの流行は決定的でした。感染症対策として、消毒・隔離といった強制的な公衆衛生が優先され、個人の養生では対応できないという認識が広がりました。その結果、健康は「国の管理対象」となり、自分で整えるという養生の発想は弱まりました。
■ 現代における再評価
現代において、養生は再び見直されつつあります。ホリスティック医学の中で語られる「サルートジェネシス(健康生成)」は、まさに養生の発想と重なります。病気を治すのではなく、どうすれば健康になるかを考える。そのためには、身体のバランスを整えることが重要です。
温泉はその具体的な場となり得ます。
• くつろぐ
• 呼吸が整う
• 睡眠が深まる
こうしたプロセスの中で、自己治癒力が回復してゆくのだろうと思います。
■ 温泉文化の本質
温泉文化は、多様であり、豊かです。
そして常に両面性を持っています。
回復を促す一方で、日常を問い直す契機にもなる。
働くための休養であると同時に、生き方そのものを見直す場にもなる。
身体の奥にあるエネルギーが動き出すことで、
創造性にも、逸脱にもつながる。
このダイナミズムこそが、温泉文化の本質であり、養生の核心でもあると思われます。
■ 終わりに
温泉文化の背景に養生思想があったわけではありません。しかし同じ文化の中で連動していたことは確かです。だからこそ、いま私たちが、温泉を養生の知恵として読み直すことには意味があります。それは、単なる過去の理解ではなく、現代における新しいウェルネスの視点につながるものだと考えています。
■ JWM視点
西平氏の講演を通じて改めて感じたのは、養生が単なる健康法ではないということである。養生とは、自分の身体と対話しながら、自分にとっての「よろしき分量」を探る営みである。それは管理された健康ではなく、生活者自身が主体となる健康観とも言える。温泉もまた、身体を整えるだけの場所ではない。日常から少し離れ、自分の状態を見つめ直す場でもある。養生という視点から温泉文化を読み直すことは、日本型ウェルネスの特徴を考える上で重要な示唆を与えてくれるように思う。
記事 江渕 敦

●西平直氏プロフィール/京都大学名誉教授。哲学・教育人間学を専門に、「養生」「稽古」「修養」を重要なテーマとして、日本人の生き方や死生観、学びの本質を探究している。現在は上智大学グリーフケア研究所特任教授として、喪失や悲しみを抱える人々への支援にも取り組む。著作に『養生の思想』『世阿弥の稽古哲学』『無心のダイナミズム』など。
