日本の温泉は世界のロールモデルになれるか ―国際専門家が語る期待と課題―
昨年4月に実施した第41回Jウエルネス研究セミナー「世界のウェルネスビジネスのいま」ではGlobal Wellness Institute(GWI)内の国際ネットワークである温泉イニシアチブ(HSI:Hot Springs Initiative)のメンバー丸山智規が、他国メンバーへ温泉の意識や期待についてアンケートを試み、紹介していただいた。世界の温泉産業関係者の意識を知り新たなJウェルネスへの取り組みの発見する回となった。今回、丸山氏にその概要について以下の記事として改めて情報共有いただいた。

温泉は「癒し」や「観光」の象徴として語られることが多いですが、2024年11月に開催された Global Wellness Summit (GWS)2024では、温泉をめぐる世界の潮流が大きく変わりつつあることが示されました。世界の温泉ビジネスを俯瞰してみますと、その役割はすでに観光の枠を超え、医療・地域社会・ウェルネス産業を巻き込む「社会的インフラ」へと進化し始めているように感じます。
GWSの母体である Global Wellness Institute には、世界各国の温泉オーナー、運営者、研究者らで構成される温泉イニシアチブ(HSI:Hot Springs Initiative)があり、GWIの黎明期から長年活動を続けています。
私はその立ち上げメンバーの一人として、日本との橋渡し役を担ってきました。その関係もあり、日本の温泉産業に対して「世界は何を求めているのか」「世界の温泉と日本の違いは何か」を探るため、昨年3〜4月にHSIメンバーへの独自アンケート調査を実施しました。

その膨大な調査結果の中から、J-Wellnessとして日本の温泉産業を考えるうえで、とても示唆深いと感じたテーマをいくつかご紹介したいと思います。
① 世界の温泉は、すでに“次のステージ”へ
今回のアンケートには、ヨーロッパ、北米、オーストラリア、キューバなど、温泉先進国の専門家たちが参加してくださいました。
その声を丁寧に読み解いていくと、世界が向かおうとしている方向は驚くほど共通していました。
「温泉リゾートは医療と連携し、積極的な治療・長寿プログラムを支える場になる」
「自然とのつながりを取り戻す“体験の場”として進化する」
「地域社会のウェルネスを支えるハブになる」
つまり、温泉は単なる“癒し”の場ではなく、社会の健康を支える装置へと変わり始めているのです。
では、日本の温泉はこれからどう進化していくのでしょうか。
② 欧州の温泉は「飲泉文化」を軸に発展
今回の調査で特に印象的だったのは、欧州の温泉文化が「飲泉」を中心に発展してきたという点です。たとえば、
・スロバキアのSmrdakyは乾癬や湿疹
・ハンガリーのHevizは筋骨格系疾患
・チェコのマリエンバドは腸の健康
といったように、泉質ごとに適応症が整理され、医師の指導のもとで天然水を飲用する文化が根づいています。
ポーランドでは、
・呼吸器疾患
・代謝障害
・リウマチ
・心血管疾患
など、疾患別にスパが体系化されており、バルネオロジー(温泉療法)が医療の一部として機能しています。また、ドイツには350以上の温泉地があり、そのうち200以上が「Bad(治療温泉地)」の称号を持っています。州の機関が定期検査を行い、自然治癒力の証明まで求められるという厳格な制度です。
つまり欧州では、温泉は「文化」というより、“制度”として社会に組み込まれているのです。
③ 一方で、「入浴文化」は自然とのつながりを重視
その一方で興味深かったのは、欧米の専門家たちが「入浴」そのものには、主にリラクゼーションや自然とのつながりを見出していたことです。
スイスの専門家は、「自然に回帰したいという欲求が高まり、温泉はその中心になる」と語っていました。
また、ドイツの温泉経営者は、「自然との強い結びつきが、温泉の価値を決定づける」と述べています。
つまり温泉は、
・自然の中で身体を緩める
・都市生活で失われた感覚を取り戻す
・心身のリズムを整える
といった“体験価値”の場として進化しているのです。
この感覚は、日本の温泉文化とも重なる部分が多いのではないでしょうか。
④ 世界の専門家が語る「温泉リゾートの未来」
アンケートの内容を整理してみると、世界の温泉リゾートが向かう方向性は、大きく4つに集約されます。
・医療との連携(Medical Integration)
Ensana Health Spa Hotels のヘネブリー氏は、「温泉リゾートは医療と連携し、積極的な治療・長寿プログラムを支える存在になる」と語っています。
・予防医療・長寿(Longevity)
アンチエイジング、デトックス、ストレス管理など、“病気になる前の健康づくり”が、温泉の大きな役割になりつつあります。
・自然との再接続(Nature Connection)
スイスやドイツの専門家は、「自然回帰を求める人々が増え、温泉がその中心になる」と指摘しています。
・体験価値・エンターテインメント(Experience)
ショー、音楽、アート、演出など、温泉そのものが“体験の舞台”へと進化しています。
これらを総合して考えると、温泉は「医療・予防・自然体験・文化価値」を統合する、次世代型ウェルネス拠点へと変わり始めているのだと思います。

⑤ 日本の温泉は、世界からどう見られているか
今回のアンケートでは、日本の温泉文化に対する深い敬意も数多く寄せられました。
ポーランドの教授は、「日本の入浴儀礼には、ヨーロッパとは異なる深い精神性がある」と語っています。
また、ドイツの経営者は、「日本は湯治文化の伝統を持つ、世界的なロールモデルになり得る」と評価していました。
その一方で、いくつかの課題も指摘されています。
・入浴前の洗浄など、文化的慣習が分かりにくい
・英語表記が不足している
・タトゥー規制が誤解を生みやすい
・“正しい入り方”が強く、自由度が低い
オーストラリアのデイビッドソン氏は、「日本の温泉は“唯一の正しい入り方”に縛られ、創造性が制限されている」と指摘していました。
日本の温泉文化は独自性が高いからこそ、海外の方には理解しづらい面もあるのでしょう。しかし、それは同時に、日本ならではの価値でもあると思います。
⑥ 日本の温泉文化には、「守る価値」と「進化する価値」の両方がある
私はここが、とても重要だと感じています。日本の温泉文化には、そのままの姿で守り続ける価値があります。入浴前の洗浄、静けさ、湯治の思想、自然との一体感——。
こうした感覚は、世界の温泉文化にはあまり見られない、日本固有の精神性です。
“本物の日本の温泉文化を学びたい”という国内外の利用者にとって、日本の温泉が日本らしくあり続けること自体が、大きな価値になるはずです。その一方で、世界の温泉文化の良い部分を取り入れ、未来に向けて進化していくことも必要でしょう。
たとえば、
・水着エリア
・家族風呂
・自然体験
・医療連携
・アートや音楽との融合
など、柔軟な発想を取り入れることで、温泉産業は
・高度化
・良質化
・国際化
へとつながっていきます。
そして何より、温泉産業が進化することは、若い世代の活躍の場を広げ、日本の温泉文化を次世代へ継承していく力にもなると思います。守るべきものと、変えるべきもの。その両方を見極めていくことが、これからの日本の温泉に求められているのではないでしょうか。
⑦ 結びに
温泉は、単なる「お湯」ではありません。それは、自然・文化・医療・地域社会をつなぐ、未来のウェルネス基盤です。今回の国際アンケートを通じて強く感じたのは、日本の温泉が「世界の潮流を追う側」ではなく、“世界のウェルネスの未来像を提示する側”になれる可能性を持っているということでした。
日本の温泉は、
・産業の再構築
・政策の刷新
・学術研究の深化
を通じて、社会全体のウェルネスを支える存在へと進化していけるはずです。
そして、日本の温泉文化を大切に守りながら、世界の知恵を取り入れて進化していくこと。それこそが、次世代への継承と国際的価値創造の両立につながるのではないでしょうか。温泉の未来は、すでに動き始めています。その中心に、日本が立つ可能性は十分にあると、私は感じています。

expert丸山 智規(まるやま・とものり)
’04海外スパ業界調査研究事業への参画を契機に、政府委託の各種ウェルネス/スパ産業関連調査・研究事業に従事し、スパ産業における市場やサービス基準、関連法規、資格制度等に関するグローバルな調査に従事。06年から3年に亘り経産省主催の業界検討委員会を中心とした国内外スパ・サービス産業調査研究事業のリーダー等を務める。
