「現代湯治」が拓く、日本のウエルネスの可能性
第55回Jウエルネス研究セミナー開催報告
第55回Jウエルネス研究セミナーでは、宮城県・鳴子温泉郷で約120年にわたり湯治宿を営む「旅館大沼」の大沼伸治氏を迎え、同館が実践してきた「現代湯治」と、温泉地が担いうるこれからの役割について話を聞いた。
鳴子温泉郷は約1200年の歴史を持ち、300本を超える源泉と多様な泉質を有する。2016年には五つの温泉地を含む温泉郷全体が国民保養温泉地に指定された。温泉だけでなく、農業、こけしや漆器などの工芸、地熱や水力、木質バイオマスといった地域資源もある。自然、食、文化、暮らしを含む地域全体の循環の中に温泉を位置づけられることが、鳴子の特徴である。
豪華さを足すのではなく、引く
旅館大沼も、かつては団体旅行や宴会需要に合わせ、食事付きの宿泊やカラオケなどを取り入れてきた。しかし、バブル崩壊後に団体客が減り、旅行が個人中心へと変わる中、大沼氏は旅館の原点である湯治を見直した。
昔のように農漁業者が2週間、3週間と滞在することは難しい。そこで約20年前、現代人の生活に合わせ、短期間でも心身を休められる「現代湯治」を打ち出した。
その転換を象徴するのが、サービスや料理を足して豪華にするのではなく、あえて「引く」という考え方だ。料理の品数を抑え、温泉に入り、静かに過ごす時間を中心に据える。日常から離れ、自分を調整するという温泉本来の価値に立ち返った。
現在は一汁五菜を基本に、ファスティングから牛タン料理まで、目的に応じて食事を選べる。自炊設備も残し、連泊中に簡単な食事で済ませることもできる。宿が一つの過ごし方を押しつけるのではなく、利用者自身が自分なりの湯治を組み立てられることを大切にしている。
普通の温泉宿をウエルネス拠点へ
大沼氏は、普通の温泉宿がウエルネスの拠点になるための条件として、三つのポイントを挙げた。
第一は、自館の温泉が持つ価値をあらためて認識し、丁寧に提供すること。第二は、清掃をしっかり行うこと。第三は、豪華さや品数を競うのではなく、土地の食材を生かした、素朴でも心のこもった食事を提供することだ。特別な施設や大規模な投資がなくても、この三つを整えることで、温泉宿は人の健康と幸せを支える場所になり得るという。
また、湯治を構成する要素として、「日常から離れる」「ゆっくり過ごす」「温めてほぐす」「ぐっすり眠る」「軽く食べて動く」「人と交流する」「自然治癒力を引き出す」の七つを示した。
すべてを一度に実践する必要はない。今回は睡眠、次回は食事というように、通常の温泉旅行から少しずつ湯治へ近づく「グラデーション」でよいという考え方が印象的だった。
現代人に合わせた三つの実践
具体的な取り組みには、二泊三日で静かに滞在する「アジールプラン」、睡眠脳波や自律神経の状態を計測するプラン、医師の関与を得て行うファスティングプランがある。
アジールプランでは一人での宿泊を歓迎し、早めのチェックインや昼食用のおにぎりを用意する。観光に出かけず、宿にこもって何もせずに過ごすことも目的の一つだ。
旅行予約サイトで展開した「温泉式ととのうシンプル湯治」も支持を集めた。「湯治」に馴染みのない層へ、サウナブームから生まれた「ととのう」という言葉を通じ、温泉での新しい過ごし方を伝えた事例である。
講演後の意見交換では、「何もしない贅沢」を提供するには、むしろ複数の選択肢が必要ではないかという意見も出た。食事や入浴、滞在時間を自分で選べるからこそ、利用者はサービスに管理されず、自分の感覚に従って休むことができる。
地球から湧く水に身を委ねる
大沼氏が現在掲げるのが「地球湯治」という考え方だ。温泉は地球の循環から生まれた自然そのものであり、湯に浸かることは、大自然に全身を委ねる体験でもある。
日本には約3000の温泉地と1万軒を超える温泉宿がある。大沼氏は、これらをすでに存在する「健康と幸せのインフラ」と捉える。一軒一軒の宿と利用者が温泉への意識を少し変えるだけで、日本全体のウエルネスのあり方も変わり得る。
参考 旅館大沼 現代湯治 https://www.ohnuma.co.jp/touji/touji.php
JWMの視点――湯治宿はセルフマネジメントを学ぶ場
今回のセミナーを通じて見えてきたのは、現代の湯治宿は、健康サービスを一方的に提供する場所ではなく、滞在者が自分自身を整える「セルフマネジメント」を学ぶ場ではないか、ということである。
温泉、食事、睡眠、自炊、何もしない時間などの中から、その日の体調や気分に合うものを自分で選ぶ。そこで身につけた感覚は、日常に戻ってから食事や睡眠、休息の取り方を見直すことにもつながる。
現代湯治の価値は、宿がすべてをしてくれることではなく、滞在者が自分を整えるための余白と環境を用意することにある。自分の健康を誰かに委ねきるのではなく、自ら感じ、選び、整える力を取り戻す。それが現代における湯治の意味であり、日本型ウエルネスの大きな可能性ではないだろうか。
