「脂質=悪者」の時代は終わるのか
秋田大学発ベンチャーが挑む「脂質リテラシー」という新しいウェルネス
健康を意識すると、「糖質を控えよう」「脂質を減らそう」という言葉を耳にする機会は多い。一方で、プロテインや高たんぱく食品は健康的なイメージを持たれ、市場も拡大を続けている。しかし、本当に脂質は健康の敵なのだろうか。その常識に一石を投じようとしているのが、秋田大学発スタートアップ「株式会社リピドームラボ」である。今回、同社代表取締役中西広樹氏(写真下)に、脂質研究の最前線と、その先に描く社会像について話を聞いた。

株式会社リピドームラボ代表取締役中西広樹氏 ラボにて (写真 8bitNews 堀 潤 )
「脂質」はまだ理解されていない
リピドームラボは、秋田大学から生まれた大学発ベンチャーだ。同社が専門とするのは「脂質」。脂質という言葉から、多くの人は「太る」「生活習慣病」「悪玉」といったイメージを思い浮かべる。しかし、人体から水分を除けば、脂質はたんぱく質と並ぶ主要な構成成分であり、細胞膜、ホルモン、神経伝達など生命活動に欠かせない役割を担っているという。さらに、脂質は数万種類とも数十万種類ともいわれ、その多くの働きはいまだ解明途上にある。同社では、それらを質量分析技術などによって「見える化」し、食品、医療、化粧品など幅広い分野の研究開発を支援している。
大学発ベンチャーが目指す「社会実装」
リピドームラボの事業は分析受託にとどまらない。企業や大学と共同研究を行い、自閉スペクトラム症の早期診断マーカー探索、食品機能性評価、和牛やナッツに含まれる脂質の特徴解析など、脂質を起点とした新たな価値創出にも取り組んでいる。「分析会社」というより、「脂質研究の伴走者」という表現の方が近いかもしれない。研究テーマに合わせて分析設計から考察まで支援し、事業化を見据えた共同開発を進める姿勢は、大学発スタートアップらしい特徴でもある。
最大の課題は研究ではなく「イメージ」
今回の取材で最も印象に残ったのは、中西氏が繰り返し語った「脂質リテラシー」という言葉だった。どれほど優れた研究成果があっても、「脂質=悪いもの」という固定観念が変わらなければ、市場には広がらない。一方で、EPAやDHA、セラミド、ビタミンD、ビタミンEなどは健康によい成分として広く知られている。ところが、それらも広い意味では脂質に含まれる。つまり、人々は脂質を否定しているのではない。「脂質」という言葉だけが誤解されているのである。
必要なのは「制限」ではなく「選ぶ力」
近年の健康市場では、高たんぱく食品が人気を集める。しかし実際には、高たんぱく食品の多くは相応の脂質も含んでいる。また、筋肉づくりやホルモン、細胞機能を維持するうえでも、脂質は欠かせない。中西氏は、「脂質は減らすものではなく、コントロールするもの」という考え方を示す。過剰摂取は問題である一方、必要な脂質まで避けることが健康につながるわけではない。重要なのは、どの脂質を、どのように摂るかという“質“の視点である。
新しい産業をつくるには「共創」が必要
リピドームラボでは現在、「脂質リテラシー」を社会へ広げるための新たな協議体の立ち上げも検討している。食品メーカー、小売業、研究者、大学などが連携し、正しい情報発信や商品開発につなげていく構想だ。同社が目指しているのは、自社商品の販売だけではない。脂質を正しく理解し、その価値を社会全体で共有できる環境づくりである。研究成果を論文で終わらせず、産業へ、生活者へ届けようという挑戦が始まっている。
(photo: 8bitNews 堀 潤)
JWM視点
今回の取材を通じて感じたのは、リピドームラボが取り組んでいるのは「脂質研究」ではなく、「脂質の価値を社会に編集し直す仕事」だということである。ウェルネス産業はこれまで、「糖質を減らす」「脂質を減らす」といった引き算の発想で語られることが少なくなかった。しかし、これからの時代に求められるのは、「何を避けるか」ではなく、「何を選び、どう活かすか」という視点ではないだろうか。脂質を悪者として排除するのではなく、その機能を理解し、健康づくりや商品開発へ生かしていく。その考え方は、ウェルネスが目指す「より良く生きる」という価値観とも重なる。脂質リテラシーという新しい言葉が、これからのウェルネス産業のキーワードになる可能性を感じた。
