睡眠障害は“個人の悩み”から“社会課題”へ
~「睡眠医療の現在地と制度変革の動き」 (日本睡眠協会理事長内村尚直氏)
日本人の2~3割が睡眠に関する悩みを抱えているとされる中、睡眠障害はもはや一部の人の問題ではなく、国民的な健康課題となりつつある。3月に都内で行われた日本睡眠協会理事長の内村尚直氏の講演で、睡眠医療の現状と制度的課題、そして今後の方向性について、より具体的なデータとともに提示された。
多様化する睡眠障害と分散する医療体制
国内における睡眠障害の受診患者数は約865万人と推計され、そのうち8割以上が不眠症、約1割が睡眠時無呼吸症候群とされる。さらにナルコレプシーなどの中枢性過眠症を含め、睡眠障害は多様な疾患群から構成されている。特徴的なのは、その診療体制である。不眠症に関しては、内科が半数以上、精神科が約3割を占めており、特に心療内科では精神科医が診療を担うケースが多い。一方、睡眠時無呼吸症候群では内科が約8割、耳鼻咽喉科が約2割と、疾患によって診療科が分散している。
このように睡眠障害は特定の診療科に閉じた領域ではなく、内科・精神科・耳鼻科・循環器・呼吸器など複数領域にまたがる横断的な医療領域であることが明らかである。診断は日本睡眠学会のガイドラインに基づき、問診から各疾患を鑑別し、最終的に他疾患を除外した上で不眠症を判断するというプロセスをとる。つまり、症状から単純に判断するのではなく、複数の可能性を丁寧に見極めることが重要となる。
「どこに相談すればいいのか分からない」という構造的課題
近年はウェアラブルデバイスなどの普及により、自身の睡眠状態を可視化する人が増えている。一方で、その結果として浮かび上がったのが「相談先の分かりにくさ」である。
内村先生はこの点を大きな課題として指摘する。睡眠に問題を感じている人のうち、実際に医師へ相談した割合は約14%にとどまる。一方で、「睡眠障害」という標榜があれば受診したいと回答した人は約80%に達している。つまり、問題認識はあるが、医療への接続ができていない。この状況を受け、日本睡眠学会は2025年4月、厚生労働省に対し「睡眠障害」の標榜を求める要望書を提出した。日本精神神経学会、日本呼吸器学会など関連学会もこれに賛同し、
- 睡眠障害内科
- 睡眠障害精神科
といった標榜の実現を目指している。医師側の調査でも、約80%が標榜の必要性を認識し、約70%が標榜したいと回答しており、患者・医師双方のニーズが一致している点が特徴的である。
全国で均質な睡眠医療を実現するために
現在、日本睡眠学会認定の専門医は約700人弱、指導医は約300人にとどまり、専門人材の不足も課題となっている。また大学病院であっても専門医が不在のケースがあり、対応できる疾患に制約があるという現実もある。 この課題に対し、学会では
・「睡眠医療特定地域専門医・指導医制度」
・「特定地域専門施設」
を創設し、地域格差の是正に取り組んでいる。さらに、
・電子雑誌『睡眠医療ネクサス』の創刊
・医師・産業医向けの教育機会の整備
・市民公開講座の実施
・小中学生向け睡眠教育「みんいく」の開発
など、医療者だけでなく社会全体への啓発も進めている。加えて「睡眠健診」の普及にも力を入れており、早期発見・早期介入の体制づくりが進められている。講演では、数か月以内に「睡眠障害」の標榜が可能になる見通しも示され、医療アクセスの改善に向けた大きな転換点にあることが示唆された。
なお、内村先生が理事長を務める日本睡眠協会では、昨年に続いて4月24日~26日の3日間にわたり睡眠の普及啓発イベントである「ふくおか睡眠フェア」を福岡市内で開催し、早ければ5月中にも実現するというこの医療機関による「睡眠障害」の標榜をはじめ、睡眠にまつわる情報提供や睡眠関連の商品やサービスの紹介を行い、3日間でのべ4,198人(速報値)もの来場者があったといい、睡眠に対する関心の一層の高さをうかがわせた。
JWM視点:睡眠は“医療の周辺”から“ウェルネスの中核”へ
今回の講演は、睡眠が単なる生活習慣の一部ではなく、医療と社会をつなぐ基盤領域であることを示している。特に重要なのは、「未病」「不調」「生活の質」といった領域に深く関わる点である。睡眠は、医療の対象であると同時に、日常の中で調整されるべき生活要素でもある。この二重性こそが、ウェルネス領域との接点を生み出している。ウェルネスの視点でも、睡眠は「養生」の中核であり、
- 自己調整
- 回復
- 生活リズム
を支える要である。今後、「睡眠障害」の標榜が実現すれば、医療としてのアクセスは大きく改善される。一方で、その先にあるのは、医療だけで完結しない「生活としての睡眠」の再設計である。デバイス、環境設計、行動変容、教育――これらを統合した新しい睡眠サービスの領域は、今まさに立ち上がりつつある。睡眠は、「治療するもの」から「整えるもの」へ。そして「個人の問題」から「社会のインフラ」へ。その転換点が、いま確実に訪れている。
