オーストリアの視点から問い直す「持続可能な温泉文化」~温泉は誰のためにあるのか

オーストリアの視点から問い直す「持続可能な温泉文化」~温泉は誰のためにあるのか

2026年4月10日、NPO法人健康と温泉フォーラム第129回月例研究会が開催された。テーマは「温泉・健康・地域エネルギー〜オーストリアの視点から考える持続可能な温泉文化〜」。講師はオーストリア大使館商務部 上席商務官 ルイジ・フィノッキアーロ氏である。本講演では、約2000年の歴史を持つオーストリアの温泉文化を手がかりに、日本の温泉地が直面する課題——とりわけエネルギー、地域運営、人材の問題——を踏まえながら、「持続可能な温泉文化とは何か」が問い直された。   写真提供 © Gerhard Michel / Austria Tourism

オーストリア大使館商務部 上席商務官 ルイジ・フィノッキアーロ氏


■ 温泉は「観光資源」ではなく「地域インフラ」である

講演の冒頭で示されたのは、オーストリアにおける温泉の位置づけである。オーストリアでは、温泉は単なる観光施設ではない。むしろ、地域に暮らす人々のための生活インフラとして位置づけられている。そのため温泉施設は、「地域住民が日常的に利用する」、「健康維持・予防の場として機能する」、「観光客と住民が共存する」という構造を持つ。観光客向けに最適化された施設ではなく、「まず地域のために存在する温泉」という思想が、制度や運営の前提となっている点が強調された。

■ 伝統と革新が共存する温泉地づくり

オーストリアの温泉は、古代ローマ時代に遡る歴史を持つ。一方で近年は、「現代建築」、「デザイン性の高い空間」、「リゾート機能」を取り入れた施設開発が進んでいる。しかしそれは単なる高付加価値化ではない。歴史的な温泉資源を活かしながら、現代の生活者や観光客のニーズに応える形で再編集されている。ここにあるのは、伝統を保存するのではなく、更新し続ける文化という考え方である。

■ エネルギーと温泉——地域を支える循環構造

本講演の重要な論点の一つが、温泉とエネルギーの関係である。オーストリアでは、木質バイオマスなどの再生可能エネルギーを活用し、地域単位での熱供給システムが構築されている。この仕組みにより、「温泉施設の運営コストを抑制」、「地域内でエネルギーを循環」、「環境負荷を低減」といった効果が生まれている。温泉は単にエネルギーを消費する存在ではなく、地域エネルギーシステムの一部として組み込まれているのである。この視点は、日本の温泉地にとっても重要な示唆を持つ。

■ 問われるのは「誰のための温泉か」

講演を通じて繰り返し提示された問いがある。「温泉は誰のためにあるのか」 観光客か、地域住民か。短期的な収益か、長期的な持続性か。 さらに、その運営は「地域にとって意味のあるものか」、「将来世代に引き継げるものか」という視点が不可欠であるとされた。温泉は地域の資源であると同時に、地域の未来を左右するインフラでもあるそのためには、エネルギー、人材、運営体制を含めた総合的な地域設計が必要になる。

■ 講演後の質疑応答
日本とオーストリアの温泉地における「エネルギー活用」と「運営のあり方」をめぐり、実務的な議論が交わされた。

まず関心が集まったのは、オーストリアにおける地域エネルギーの仕組みである。特に木質バイオマスによる熱供給について、日本の温泉地への応用可能性が問われた。これに対し講師は、エネルギーは単なるコストではなく、地域資源として循環させる設計が重要であり、林業や地域産業と一体で考える必要があると指摘した。

また、日本の温泉地が直面する課題として、エネルギーコストの上昇や設備更新の負担が挙げられ、持続可能な運営モデルへの転換の必要性が共有された。オーストリアでは、地域単位でエネルギー供給を担う仕組みが整備されており、個別施設ではなく「地域全体で支える構造」が成立している点が特徴として示された。

さらにオーストリアの大きな特徴は、観光客向けの収益施設としてだけでなく、地域住民の生活インフラとして位置づけられている点。こうした公共性と事業性のバランスが、長期的な持続性を支えているとの見方が示された。加えて、人材育成や地域との連携の重要性についても言及があり、単に技術や設備を導入するだけでなく、それを運用する人材と地域の理解が不可欠であるとの認識が共有された。

■ JWM視点:温泉は「地域経営の中核」へ

今回の講演は、温泉を文化や観光の枠にとどめず、地域経営の中核として捉える視点を提示した。温泉は「観光資源」「健康インフラ」、「地域エネルギー」、「コミュニティ形成」を含めた統合的な視点で見つめるものと改めて思い知る時間となった。オーストリアの事例が示すのは、温泉が「地域のために存在し、地域によって支えられる」という構造。温泉は癒しの場にとどまらない。地域を支え、未来へつなぐインフラなのだ。