「観光」から「関係性」へ
― 栗東市観光協会の実践に見るウェルネスツーリズムのリアルと課題 ―
(※ 写真提供 一般社団法人栗東市観光協会 )
2026年3月、滋賀大学の観光イノベーションフォーラムにおいて、栗東市観光協会(※) 事務局を務める山口翔太郎氏が登壇し、同市におけるウェルネスツーリズムの実践と、その裏側にある課題について講演を行った。本講演は、地域資源を活かした観光の理想と現実を率直に提示するものであり、日本のウェルネスツーリズムの現在地を示す重要な内容であった。

■ ウェルネスツーリズムの可能性と「続ける難しさ」
栗東市観光協会は、自然・歴史・地域文化を活かした観光振興を進めてきた団体である。山口氏はその目的について、「単に地域にお金が落ちることではなく、地域住民と来訪者が共通の価値で地域に触れ、地域そのものが豊かになること」と語る。
この考えのもと、同協会は観光庁の実証事業を活用し、金勝寺を舞台とした瞑想・森林ヨガ、ホースセラピー、苔を活用したフィールドツアーなど、多様なウェルネスプログラムを開発してきた。
これらは当初、高い関心を集め、定員を超える応募があった。しかし、実装段階においては課題が顕在化する。受け入れ側との調整、継続的な集客、イベントの増加による競争激化など、現場特有の問題が次々と浮上した。
特に印象的であったのは、「良い取り組みであっても、関わるすべての人が同じ方向を向くとは限らない」という指摘である。結果として、一部の人気プログラムは現在停止している。
それでも同協会は、苔ツアーなどを継続している。年間参加者は多くないが、「続けることそのものに価値がある」と山口氏は強調する。観光協会という立場だからこそ、短期的収益ではなく、地域価値の蓄積を優先できるのである。
■ 「売れない」から見える本質 ― インバウンドの現実
講演では、インバウンド向けの取り組みについても率直な報告があった。観光庁の支援を受け、苔・座禅・ヨガを組み合わせたプレミアムツアーを開発した。海外エージェントとの販売までこぎ付けたが催行は叶わなかった。
一方で、その過程で制作した動画がSNS上で拡散され、数十万回の再生を記録。これを契機に、海外からの個別来訪が生まれるなど、副次的な成果が現れた。
この事例は、「商品が売れること」と「価値が伝わること」が必ずしも一致しないことを示している。山口氏は、「何が当たるかは分からないが、やり続けることでしか結果は生まれない」と語る。また、観光の持続性という観点では、「一回来てもらうだけでは意味がない」という認識も重要である。再訪、関係性、世代を超えた循環をいかに生み出すかが、地域観光の核心であると指摘する。

■ 地域資源×関係人口 ― 観光の再定義へ
栗東市の取り組みは、観光の枠を超え、森林、環境、地域文化といった領域へと拡張している。限界集落との連携、企業との森林パートナー協定、関係人口の創出など、多面的な取り組みが進められている。ここで重要なのは、「来訪者」を「関係者」へと転換する発想。単なる消費者ではなく、地域に関わり続ける存在として位置づけることで、持続可能な地域モデルが形成される。山口氏の実践は、観光を「人を呼ぶ産業」から「関係性を育てる仕組み」へと再定義する試みといえる。
※栗東市は・・・
栗東市は滋賀県の南部に位置し、東海道中山道が通っており古くから交通の要衝として栄え、現在は、国道1号および8号、名神高速道路が通り、競走馬のトレーニング施設があることでも知られ、金勝(こんぜ)アルプスが織りなす美しい山々の景観、季節によって表情の変わる田園風景が広がり、自然を満喫できる体験アクティビティがあります。 奈良の都(平城京)の東北鬼門を守ったお寺(金勝寺)は栗東市南部の山中にあります。
参考HP 滋賀県栗東市公式観光サイト -一般社団法人栗東市観光協会-
栗東市観光協会は・・・
観光庁の日本版持続可能な観光ガイドラインロゴマーク(JSTS-D)を滋賀県内唯一取得している、令和8年3月26日時点(観光庁HPhttps://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001991580.pdfより)

一般社団法人栗東市観光協会提供
■ JWM視点:ウェルネスは「関係性のデザイン」
本講演が示した本質は明確である。ウェルネスツーリズムとは、単なる体験商品ではない。それは、人と地域、人と自然、人と人との関係性を再構築するプロセス。栗東の事例は、「自然」「文化」「人」という日本が本来持ってきた資源が、現代的な文脈の中で再編集されていることを示している。同時に、それを事業として成立させる難しさも浮き彫りにしている。
すなわち、「機能ではなく意味」、「消費ではなく関係性」、「一回性ではなく循環」。
山口氏の言葉を借りれば、「やり続けること」そのものが価値となる。この視点は、短期的成果を求めがちな現代のビジネスに対する重要な示唆でもある。観光は、もはや「どこに行くか」ではない。「誰と、どのような関係を築くか」なのだろう。栗東市の取り組みは、日本型ウェルネスツーリズムの可能性と、その現実的課題を同時に提示する、極めて示唆に富む実践でと考えられる。
