伝統とテクノロジーは共創できるか ― 漢方×DXが拓く「パーソナライズド・ウェルネス」の可能性

伝統とテクノロジーは共創できるか
― 漢方×DXが拓く「パーソナライズド・ウェルネス」の可能性 ―

2026年3月24日、Jウエルネス振興会は第51回研究セミナー「漢方×DXの挑戦―伝統とテクノロジーが共創するウエルネス」を開催した。本セミナーでは、日本初の「漢方テック」を展開するVARYTEX株式会社 代表取締役CEO 平野喜一郎氏が登壇し、漢方の本質とテクノロジーの融合による新たなウェルネスの可能性について講演が行われた。

■ 漢方は“日本型ウェルネスの中核”である
冒頭、平野氏は「漢方こそジャパンウェルネスではないか」と語り、その歴史と本質を整理した。漢方は中国由来の医学体系を基にしながらも、日本の風土や体質に適応する形で独自に発展してきたものであり、1500年以上にわたり日本人の健康を支えてきた。その最大の特徴は、「病気ではなく人を診る」という考え方にある。
同じ症状でも体質や状態によって処方が異なる「証(しょう)」の概念は、現代でいうパーソナライズ医療そのものであり、平野氏はこれを「世界最古のパーソナライズ理論」と位置づける。
また、日本では約9割の医師が漢方薬を処方しているというデータも示され、漢方がすでに現代医療の一翼を担っている実態が明らかになった。

■ 市場拡大の裏側にある「構造的課題」
漢方薬市場は医療用・一般用を合わせて約3,000億円規模に達し、近年は拡大を続けている。さらに、食養生や薬膳を含めた広義の市場は数兆円規模とも言われ、「未病」やセルフケアの文脈で存在感を高めている。一方で、その普及を阻む構造的課題も浮き彫りとなった。講演で特に強調されたのは、「漢方は難しすぎる」という問題である。医師の約84%が処方に迷いを感じており、専門医は約2,000人にとどまる。
すなわち、
・理論が複雑
・経験依存が大きい
・専門人材が不足している
という三重の壁が存在している。
漢方は広く使われている一方で、「使いこなされているとは言い難い」という矛盾を抱えているのである。

■ DXが可能にする「漢方の再現」
この課題に対し、平野氏が提示したのが「漢方×DX」である。VARYTEXでは、漢方理論をAIで再現する診断支援プラットフォームを開発。
問診データや症例データをもとに、
・体質・状態(証)の推定
・最適な処方の提案
・養生法の提案
を行う仕組みを構築している。
このシステムはすでに医療機関200施設以上に導入され、診療効率の向上や患者満足度の向上に寄与しているという。 さらに、漢方専門家の判断との一致率は約8割に達しており、「経験知のデジタル化」は実用段階に入りつつある。平野氏は「1500年の知をアルゴリズムとして再構築することで、誰もが使える形にする」と語る。これは単なるIT化ではなく、伝統知の再現と再配布である。

■ “なんとなく不調”という巨大市場
講演の中で印象的だったのは、「未病・不定愁訴」への言及である。日本人の約75%が、冷え、だるさ、睡眠不調、気分の不安定といった“なんとなく不調”を抱えているとされる。 これらは西洋医学では対応が難しく、「医学的に説明困難な症状(MUS)」として扱われることも多い。しかし漢方は、まさにこの領域を得意とする。ここにDXを組み合わせることで、未病領域を「可視化し、提案し、行動につなげる」ことが可能になる。すなわち、未病は“概念”から“産業”へと転換する可能性を持つ。

■ 漢方の「民主化」というビジョン
平野氏が掲げるキーワードが「漢方の民主化」である。これは、専門家だけが扱ってきた知識をテクノロジーによって一般生活者に開放するという思想である。
AIによるパーソナライズ支援により、
・自分の体質を理解する
・自分に合った養生を選ぶ
・日常の中で整える
といった行動が日常化していく。さらに、フィットネス、スパ、小売、リトリート施設などとの連携により、漢方は「医療の外側」に広がる可能性もある。ここに、新たなウェルネス産業の接点が生まれる。

■ JWM視点:Jウェルネスの核心がここにある
今回の講演は、「伝統×テクノロジー」というJウェルネスの核心を、具体的なビジネスとして提示した点に大きな意味がある。漢方は、体質に向き合い、日常の中で整え、人間を全体として捉える、という日本的健康観そのものを体現している。
そしてDXは、それを「再現可能なサービス」へと変換する。ここにあるのは単なるデジタル化ではない。生活知の産業化である。
Jウェルネスの文脈で言えば、漢方×DXは「養生の再編集」とも言えるだろう。
今後の鍵は、
・エビデンスの蓄積
・制度との接続
・グローバル展開
にある。
平野氏が示した「漢方の民主化」は、日本型ウェルネスが世界に広がるための一つの明確な道筋である。伝統は守るものではなく、使いこなすものへ。そして今、その知をテクノロジーで再構築する動きが始まっている。今回の取り組みは、JWMが提示する中長期トレンド「伝統をテクノロジーで現代に活かす」を象徴する実践例である。今後は、温泉や食養生、地域滞在型ウェルネスとの接続など、さらなる展開が期待される。