宇宙が問い直す、未来のウェルネス~資生堂fibonaが伝統・文化・ビジネスの交差点から探った「自分を取り戻す」手がかり

宇宙が問い直す、未来のウェルネス

資生堂fibonaが伝統・文化・ビジネスの交差点から探った「自分を取り戻す」手がかり

資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」は2026829日、横浜のShiseido Beauty Parkで、「なぜ今、私たちは『宇宙』を求めるのか?~伝統・文化・ビジネスの交差点から紐解く、未来のウェルネスのあり方~」を開催した。資生堂の研究者、着物家、メディア関係者らが、宇宙という非日常の視点から、変化の大きい時代に人が心身を整える方法を語り合った。

極限環境から人間に必要なものを考える

1部では、fibonaから生まれた軟膏状クリーム「万物軟香(ばんぶつなんこう)」が紹介された。「宇宙のような過酷な乾燥環境でも肌を守る」という発想から生まれ、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟内でも使用できる仕様を、地上の商品へ展開したものだ。開発チームが考えたのは、保湿機能だけではない。宇宙では一日のリズムや季節感が地上とは異なり、閉鎖環境による心理的な負担も想定される。そこで、肌を包む重厚な触感と、日本で古くから心身や空間を整えるために用いられてきた香りの文化を組み合わせ、香りへ意識を向けて「自分を取り戻す」習慣を提案した。

当日の議論では、宇宙船内では機械や人の生活臭がこもり、窓を開けて換気することもできないため、自然を感じる香りが気持ちの切り替えや安心感につながるという話も紹介された。香りは地上では嗜好品の一つに見えても、環境が大きく変われば、記憶や自然とのつながりを呼び戻す大切な役割を持つ。

生活者も開発段階から参加した。就寝前、仕事中の気分転換、外出先など、使いたい場面を聞き、携帯できる小型容器やキーチャームへ反映した。使い方を企業側が限定せず、利用者との対話から価値を育てていく点もfibonaの特徴だ。

宇宙という極限環境を想定すると、店頭で売る化粧品という既存の前提から離れ、「人は何があると安心できるのか」という根源的な問いへ戻ることができる。宇宙が、地上の技術や発想を鍛え直す場となった。

日本文化は自分を「調律する」

2部では、日本文化とウェルネスの関係が議論された。着物家の伊藤仁美氏は、日本文化の力を「日常に何かを足すのではなく、本来持っているものを引き出すこと」と表現した。着物は一つの形の布を、その日の身体や気分に合わせ、紐と帯で調整しながらまとう。身体を整えると呼吸が整い、最後に心が整うという禅の考え方とも重なる。変化や不確実性の大きい環境で、外側を変えようとする前に自分の感覚へ目を向け、内側から状態を調整する方法といえる。

(photo: Umihiko)

タイムアウト東京の東谷彰子氏は、海外から見た日本の特徴として「Attention to detail」を挙げた。使い古した布を美しくつなぐ「BORO」や、布の強度を高めながら模様を生む刺し子のように、物や人への敬意が機能を美しさへ変えていく。万物軟香にも、処方、触感、香り、容器、携帯方法に至るまで、細部への配慮が重ねられている。一方、風呂敷を例に、「日本らしい」「何にでも使える」といった抽象的な説明だけでは、海外の人には価値が伝わりにくいとの指摘もあった。文化の背景を守りながら、誰が、どの場面で、どのように使えるのかを具体的に示すことも、日本の感性を世界へ届けるために必要となる。

宇宙から地球を見る

会場では、日本テレビとBasculeによる宇宙映像プラットフォーム「TerraCaster(テラキャスター)」の映像も上映された。気象衛星ひまわりが捉えた地球を16K超大型ディスプレイに映し、雲の発生、季節の移ろい、太陽光の反射などを宇宙から眺める体験だ。地球の映像は美しさや癒やしを感じさせる一方、線状降水帯など自然の猛威も映し出す。日本テレビ放送網株式会社の加藤友規氏は、映像を放送だけでなく、環境、防災、学校教育などに活用する可能性を示した。日常を一歩引いて見ることで、自分の周囲で起きる出来事を、地球全体の動きの一部として捉え直すことができる。

 

JWMの視点――宇宙は「自分を取り戻す」ための鏡

なぜ今、私たちは宇宙を求めるのか。それは、遠い世界へ逃れるためだけではない。地球を離れた視点を持つことで、日常では見失っていた自然とのつながりや自分の感覚、人間に本当に必要なものが見えてくる。今回の議論から、そう気づかされた。今回語られた未来のウェルネスは、新しい機能を次々と足すものではなかった。香りを感じ、衣服をまとい、呼吸を整え、地球を俯瞰する。変化のなかでも、自らを調律できる環境と習慣をつくることだ。宇宙は未来の市場であると同時に、地上で人間らしく生きるための問いを映し出す鏡でもある。科学、文化、感性、生活者との共創を結び直すところに、これからのウェルネスビジネスの可能性があるのではないか。

取材・文/江渕 敦(J-Wellness Media
取材協力・写真提供/株式会社資生堂 (photo: Umihiko)