ウェルネスは地方企業の生き残り戦略になる
~青森から描く地域再生とメディカル・ウェルネスの展望
NPO法人日本スパ&ウェルネスツーリズム協会(JSWT・理事長岡田友悟)は2026年6月12日、東京・池袋で2026年度総会および記念講演を開催した。記念講演には、青森県で医療、介護、宿泊事業などを展開する一般社団法人慈恵会の代表理事で、「ReLabo Medical Spa & Stay」(※)総支配人を務める丹野智宙氏が登壇。「青森の医療法人が提供するウェルネス体験~ウェルネスツーリズム~」と題し、既存事業にウェルネスを取り入れ、顧客、従業員、地域から選ばれる事業をつくる経営戦略について語った。「ReLabo Medical Spa & Stay」は、2024年7月、JR青森駅直結の複合施設内に開業した新業態のウェルネスホテルだ。

於:NPO法人日本スパ&ウェルネスツーリズム協会2026年度総会記念講演
コロナ禍で見つめ直した人を思いやる心
丹野氏がウェルネスを経営戦略として捉えるようになった出発点の一つが、新型コロナウイルス感染拡大だった。
講演の冒頭では、慈恵会グループがコロナ病棟を開設し、未知の感染症に向き合った当時の映像が紹介された。感染者への対応には大きな緊張とリスクが伴ったが、看護師らは、自分たちがやらなければほかの人にはできない仕事であるという使命感を持って患者に向き合った。映像では、「人を救うのは最新設備や医療技術だけではない。ここには患者を思いやる心がある」と、その姿勢が表現されていた。一方、コロナ禍は温泉や宿泊事業にも大きな打撃を与えた。そのような状況でも温泉を訪れ、静かな時間を過ごす人々の姿から、丹野氏はウェルネスが人間の根本的な欲求に結びついた価値であると感じた。

人口減少を前提に地域外から需要を呼び込む
丹野氏は、ハーバード・ビジネス・スクールの経営者向けプログラムに3年連続で参加し、世界各国の経営者とともに経営戦略を学んだ。その経験から、地方の既存企業が生き残る道の一つはウェルネスにあると考えるようになった。
講演によると、約30万人だった青森市の人口は、2050年には約17万人まで減少すると予測されている。地域内の市場が縮小し、労働力の流出も進むなか、青森市民だけを対象とする事業には限界がある。医療や介護、地域の雇用を守るためにも、地域外や海外から人と資金を呼び込む必要がある。そこで丹野氏は、青森にすでにある温泉、自然、食、祈り、人の温かさを、ウェルネスの文脈から捉え直した。
WTPを高め、WTSを下げる
戦略の軸となるのが、WTP(Willingness to Pay=顧客が支払ってもよいと考える上限)と、WTS(Willingness to Sell=働く人や取引先がサービスの提供を引き受けてもよいと考える条件)である。温泉にヨガ、食、医療などを組み合わせれば、単なる宿泊とは異なる体験価値が生まれ、顧客のWTPを高められる。一方、「このホテルで働きたい」「この事業に関わりたい」と思う人が増えれば、人材や協力者を集める力が強くなり、WTSは下がる。その差を広げることが、企業価値の向上につながるという考え方だ。
丹野氏によると、同ホテルの稼働率は約90%に達し、宿泊価格は青森市内の一般的なホテルと比べて約2倍となった。世界52カ国から利用客が訪れ、外国人宿泊者の割合は約70%、時期によっては約80%に上る。また、「このホテルで働きたい」という若者からの応募も増えたという。
容易にまねできない仕組みをつくる
同ホテルでは、空手、生け花、ヨガなどを宿泊料金に含める「ウェルネス・インクルーシブ」を導入している。実際にプログラムを利用しなくても、「健康になれる選択肢がある」こと自体がホテルを選ぶ理由になるという。
多くのスタッフやセラピストを配置することは、短期的にはコスト増にも見える。しかし、医療、介護、温泉、宿泊、食、文化、人材を組み合わせた体制は、他社が簡単には再現できない「模倣困難性」につながる。講演では、国内外から8人を招き、お祓い、ヨガ、クリニック、無農薬農園での収穫などを組み合わせ、2泊3日で合計約350万円を売り上げた事例も紹介された。地域に以前からあるものを一つの物語として組み合わせることで、高付加価値の体験へ転換した。
医療とホテルを融合する
今後の可能性として丹野氏が挙げたのが、整形外科や美容医療とホテルビジネスの融合である。国内外から訪れた人が青森に一定期間滞在し、医療を受けた後、温泉、スパ、メディテーション、食などで心身を整えるモデルを構想している。また、地域の温泉や旅館を守ることを、経済安全保障の問題としても捉える。温泉や旅館が失われれば、雇用や文化だけでなく、土地や地域資源の維持にも影響する。温泉や郷土料理などに投資し、現代の市場に伝わる価値へ再構成することが、地域を守ることにつながるとの考えを示した。

※「ReLabo Medical Spa & Stay」は、2024年7月、JR青森駅に直結する複合施設内に開業したウェルネスホテルである。医療法人が培ってきた知見を基盤に、宿泊、温泉、スパ、食、運動、メディテーション、カウンセリングなどを組み合わせ、心身と向き合う滞在を提案している。主催者資料によると、医療法人が運営する日本初のウェルネスホテルで、「WELL認証」ではホテルとして世界初のプラチナ認証を取得したという。
JWMの視点――地域資源を経済価値へ翻訳する
丹野氏の実践で注目したいのは、ウェルネスを単独のサービスではなく、医療、介護、観光、雇用を支える経営戦略として捉えている点である。地域に資源が存在することと、それが市場で価値を持つことは同じではない。誰のどのような課題に応えるのかを明確にし、滞在体験として設計し、国内外へ伝わる言葉で提示する必要がある。同時に、地域外から得た収益を、医療、介護、雇用、文化の維持へどう還元するか。その循環までつくることが、ウェルネスによる地域再生には求められる。青森で進む実践は、地域にすでにある資源を、次世代へ残せる経済価値へ翻訳する一つのモデルを示している。
取材・文/江渕 敦(J-Wellness Media)
取材協力/NPO法人日本スパ&ウェルネスツーリズム協会(JSWT)https://jswt.org/
写真提供/NPO法人日本スパ&ウェルネスツーリズム協会
写真提供/ReLabo Medical Spa & Stay https://relabo.com/
